最終更新日:2025年7月3日
「患者様からの暴言で、もう限界です…」
「利用者のご家族からの理不尽な要求に疲れ果てました…」
「これは病状によるものなのか、ハラスメントなのか判断できません…」
医療・介護の現場で働く皆様の切実な声です。
この記事では、医療・介護現場特有のハラスメントに対する組織的な対応方法と、法的根拠に基づいた具体的な対策を詳しく解説します。個人の我慢ではなく、組織として職員を守るための実践的なガイドです。
1. 医療・介護現場のハラスメントの実態
職場内と患者側、双方から受ける深刻な被害
医療・介護現場のハラスメントは、職員の心身を疲弊させる大きな原因です。その特徴は、**職場内部(上司や同僚)と外部(患者やその家族)**の双方から被害を受ける点にあります。信頼できる近年の調査から、その深刻な実態を見ていきましょう。
① 職場内の人間関係によるハラスメント(パワーハラスメント)
日本医療労働組合連合会(医労連)の2021年の調査では、病院で働く看護師の実に半数以上(51.7%)がパワーハラスメントを経験したと回答しています。
加害者の内訳は「上司」が60.9%と最も多く、次いで「医師」が27.2%でした。閉鎖的になりがちな医療現場において、職制上の優位性を背景としたハラスメントが横行している実態がうかがえます。
② 患者・家族等からのハラスメント(カスタマーハラスメント)
患者やその家族からの理不尽な要求や暴力、セクシャルハラスメントも深刻です。これらは「ペイシェント・ハラスメント」とも呼ばれ、社会問題化しています。
医労連の同調査では、看護師の約3割(28.4%)がセクシャルハラスメントを経験しており、その加害者の**7割以上(73.4%)が「患者・家族」**でした。
さらに、レバレジーズメディカルケア株式会社の2025年の調査では、看護師の4人に1人(25.1%)が、このペイシェント・ハラスメントを理由に退職を考えたことがあると回答しています。
このように、医療・介護従事者は、立場の弱い職員が内部で受けるパワハラと、献身的なサービスを提供する相手であるはずの患者側から受けるカスハラという、二重の苦しみに直面しているのです。
ハラスメントの類型 | 具体的な内容・経験率 | 主な加害者 | 出典 |
---|---|---|---|
職場内ハラスメント (パワハラ) | 看護師の**51.7%**が経験 | 上司 (60.9%), 医師 (27.2%) | 医労連「2021年看護職員の労働実態調査」 |
患者・家族からのハラスメント (カスハラ・セクハラ) | 看護師の**28.4%**がセクハラを経験 | 患者・家族 (73.4%) | 医労連「2021年看護職員の労働実態調査」 |
看護師の**25.1%**が退職を検討 | 患者・家族 | レバレジーズメディカルケア「2025年看護師の定着支援に向けた実態調査」 |
2. 対応の大原則:組織の安全配慮義務として捉える
ハラスメント対応は個人の問題ではありません。労働契約法第5条に基づく事業主の「安全配慮義務」として、組織全体で取り組むべき課題です。
「病状」と「ハラスメント」を見極める3つの判断基準
判断基準1:言動の意図性
- 特定の職員を標的にしているか
- 理不尽な要求を繰り返しているか
- 明確な悪意や目的が感じられるか
判断基準2:医療的介入への反応
- 適切な医療的アプローチで改善が見られるか
- 治療を拒否して攻撃的言動を続けているか
- 病状説明で納得せず、要求をエスカレートさせるか
判断基準3:安全性への影響
- 他の患者・利用者の安全を脅かしているか
- 職員の心身の健康に重大な影響を与えているか
- 医療・介護サービスの提供に支障をきたしているか
3. レベル別対応フローチャート
現場ですぐに使える、具体的な対応方法をレベル別に整理しました。
🟢 レベル1:初期対応(共感的傾聴と境界設定)
対象となる状況
- 不満の表明、繰り返しの訴え
- 待ち時間へのクレーム
- 軽度の要求や不平不満
具体的な対応方法
まず相手の気持ちを受け止める
plaintext「長時間お待たせして申し訳ございません」 「ご不安なお気持ち、お察しいたします」
できること・できないことを明確に伝える
plaintext「規則により〇〇はできかねますが、△△でしたら対応可能です」 「医師の指示により、これ以上の投薬はできません」
代替案を提示する
plaintext「こちらの方法でしたら、ご要望に近い形で対応できます」
🟡 レベル2:エスカレーション対応(複数名対応と組織的警告)
対象となる状況
- 大声での威圧、罵声
- 「誠意を見せろ」等の脅し
- 執拗な要求の繰り返し
具体的な対応方法
一人で対応しない(必ず応援を呼ぶ)
冷静かつ毅然とした態度で警告
plaintext「他の患者様のご迷惑になりますので、お静かに願います」 「これ以上続けられる場合、規定により退去いただきます」
記録を残す(5W1Hで詳細に)
🔴 レベル3:緊急対応(警察通報と診療拒否)
対象となる状況
- 暴力行為(殴る、物を投げる)
- 脅迫(「殺すぞ」「訴えてやる」)
- セクシャルハラスメント
具体的な対応方法
- 身の安全を最優先に確保
- ためらわず110番通報
- 組織として診療・サービス提供を拒否plaintext
「暴力行為により、今後の診療はお断りします」 「警察に通報いたしました」
4. よくある誤解:「応召義務」と診療拒否について
応召義務は無限の我慢を強いるものではありません
厚生労働省は2019年の通達(医政発1225第4号)で以下を明確化しています:
「患者の迷惑行為により診療の基礎となる信頼関係が破壊され、治療の継続が困難である場合には、診療を拒否することは正当化される」
診療拒否が認められるケース
- 暴力行為、脅迫行為があった場合
- 診療時間外の執拗な要求
- 医療費の不払いが続く場合
- 正当な理由なく医師の指示に従わない場合
5. 家族からのハラスメントへの対応
家族対応の3つのポイント
1. キーパーソンの明確化
家族内で主要な連絡窓口を1名に絞ってもらい、情報の混乱を防ぎます。
2. 本人の意思確認
家族の要求が本人の意思と一致しているか必ず確認します。
3. 記録の徹底
家族とのやり取りはすべて記録に残し、トラブル防止に努めます。
6. ハラスメントを受けた職員へのケア
あなたは悪くありません
ハラスメントを受けた後、自分を責める必要はありません。以下の症状は正常な反応です:
- 不眠、動悸、食欲不振
- フラッシュバック、悪夢
- 出勤への不安、恐怖感
心身のケアのために
- すぐに上司に報告する(一人で抱え込まない)
- 産業医・カウンセラーに相談する
- 必要に応じて休養を取る(無理は禁物)
- 労災申請も検討する(精神的な被害も対象)
7. 組織として整備すべき体制
必須の3つの仕組み
1. 明確な方針の掲示
「当院は職員への暴力・ハラスメントを許しません」
「悪質な場合は警察に通報します」
待合室、受付、病室などに掲示し、組織の姿勢を明確化。
2. 対応マニュアルの整備
- レベル別対応フローの明文化
- 全職員への研修実施
- 定期的な訓練・ロールプレイング
3. 相談・報告体制の確立
- ハラスメント相談窓口の設置
- 報告書フォーマットの統一
- 定期的なケースカンファレンス
8. 成功事例:実際に効果があった取り組み
事例1:A総合病院(300床)
課題: 救急外来での暴言・暴力が多発
対策:
- 警備員の24時間配置
- 全職員への護身術研修
- 警察との連携強化
結果: ハラスメント件数が年間50件→15件に減少
事例2:B介護施設(定員80名)
課題: 家族からの理不尽な要求
対策:
- 契約時に「禁止事項」を明文化
- 家族会での啓発活動
- 相談窓口の一本化
結果: 職員の離職率が30%→10%に改善
まとめ:今すぐできる3つのアクション
1. 現状把握
- 職場でのハラスメント実態を調査
- 既存の対応マニュアルを確認
- 職員の声を聞く
2. 体制整備
- 対応フローチャートの作成
- 相談窓口の設置
- 研修計画の立案
3. 実行と改善
- 小さな取り組みから開始
- PDCAサイクルで改善
- 成功事例を共有
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対象となる取り組み例
- カスハラ対策マニュアルの作成
- 職員研修の実施
- 防犯カメラ等の設置
- 外部専門家の活用
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